story 05
山元正博さま

株式会社源麹研究所 代表取締役会長
株式会社河内源一郎商店 代表取締役社長
農学博士

DNAタイプ ハプロM

story 05

山元正博さま

DNAタイプ ハプロM
株式会社源麹研究所 代表取締役会長
株式会社河内源一郎商店 代表取締役社長
農学博士

山元正博さま プロフィール

鹿児島県で100年以上続く種麹屋、河内源一郎商店の3代目。
東京大学農学部を卒業し、同大学院の修士課程(農学部応用微生物研究所)を修了後、河内源一郎商店に入社。1988年、錦灘酒造(現きりしま高原麦酒)社長に就任。1990年、観光工場焼酎公園「バレル・バレー プラハ&GEN」を開設し、年間45万人が押し寄せる人気スポットとなる。
その後、チェコに自ら出向いてビールを学び、1995年にクラフトビールブームの先駆けとなる、「霧島高原ビール」を誕生させる。1997年、源麹研究所を設立。麹を利用した食品残渣の飼料化や畜産に及ぼす効果などの研究を続け、環境大臣賞を受賞。
2024年には麹の伝統と発酵文化の精髄を体感できる宿泊施設「麹・発酵ホテル」をオープン。現在も麹に関する研究、商品の開発を続けている。

◆著書

麹のちから!

麹親子の発酵はすごい!
発酵食品はおいしいクスリ』(ポプラ新書 232) 

◆テレビ出演
テレビ東京「カンブリア宮殿」2024年5月2日放送

食材を劇的に変える!おいしさを生む食の革命

DNAタイプ「ハプロM」

山元正博さんのDNAタイプは、「ハプロM」。

ハプロMをひと言で表すなら、自分に正直な前人未到の地の「開拓者」です。

DNAマトリクス®は、DNAマトリクスリサーチオリジナルの分類方法です。

DNAマトリクス®は、DNAマトリクスリサーチオリジナルの分類方法です。

参照:「日本人になった祖先たち」(篠田謙一 NHKブックス 2007年)
「Discover Japan 2012年08月号」(エイ出版社 2012年)

参照:
「日本人になった祖先たち」(篠田謙一 NHKブックス 2007年)
「Discover Japan 2012年08月号」(エイ出版社 2012年)

インタビュー日:2024年7月2日

ピンチはチャンス

ピンチはチャンス

2024年5月にテレビ東京の「カンブリア宮殿」ご出演の際にも、「幾多の危機を乗り越えた壮絶人生」と紹介されていた山元さんのこれまでの人生。

ピンチが訪れたのは、山元さんの祖父が創業した河内源一郎商店に入社後、当時の代表取締役であった山元さんのお父様から会社を解雇されたときです。

山元さん

焼酎メーカーの8割がうちの種麹を使って焼酎を作っているんですが、うちの親父が自分でも焼酎を作ってみたいと言い出したんです。彼が作った焼酎は、麹屋が麹から作った焼酎だといって売れました。でもある日、そのほとんどが返品されたんです。

山元さんは原因を突き止めるために、返品をした酒屋さんに聞いてまわりました。

山元さん

うちの焼酎を置くと、他の焼酎メーカーが焼酎を売ってくれなくなるからと言われました。焼酎メーカーが酒屋に圧力をかけてたんですね。

返品された焼酎で倉庫がいっぱいになる中、山元さんにとってさらにショックな出来事が起こります。

山元さん

父親が、これはあいつ(山元さん)が全部一人でやったことだと言って、この件の全責任を僕に押し付けたんです。

さらに山元さんはお父様により、河内源一郎商店を解雇されます。

山元さん

父親のことが大好きなお父さん子だったので、裏切られたのはショックでしたね。

失意の中、山元さんは毎日、鹿児島空港近くの茶畑の中に車を停めて、唖然とした時間を過ごしていました。しかしある日、上空を飛ぶ飛行機を見て名案が思い浮かびます。

山元さん

酒屋が無理なら観光客に売ればいいって思いついたんです。これなら、従来の流通ルートを荒らさないから食べていけるかもと夢想しました。

そして、「焼酎工場 X 観光施設」というコンセプトの観光工場の事業計画を作成し、銀行から8億円の融資を受けることに成功します。こうして1990年にテーマパークのような観光工場「バレル・バレー プラハ&GEN」をオープンし、6年後には借金を完済したのです。

ハプロMは、ピンチに強いタイプです。窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、頭が回転します。マイナスの状況をプラスに変えることで、「さすが私!」とさらに自尊心が高まります。

アイディアマン

アイディアマン

一世一代の大勝負としてオープンした観光工場も、走り出しの時は大変だったようで・・・

山元さん

1日100万円売らないといけないのに、最初の1ヶ月で150万円。あと数ヶ月で資金がなくなるほどの窮地に追い込まれました。

そのピンチを山元さんは再び自身のアイディアで乗り切ります。

山元さん

僕が昔からやっていた古流剣術『野太刀自顕流』の道着をきて、全国の旅行会社を営業して周りました。1ヶ月の間営業をして鹿児島に帰ってきたら、観光工場の駐車場に、大型の観光バスがずらりと17台並んでいたんです。やったーと思いましたね。

従業員も道着を着て、観光客の出迎えから焼酎のアピールまでをしたことで評判になり、観光工場は年間45万人が押し寄せる人気スポットになりました。

今でも麹を軸に様々な事業を展開する山元さん。
これまでの窮地を救ったのも、次々に新しい事業を展開しているのも山元さんのアイディア力によるものです。

山元さん

アイディアを思いつくのは趣味みたいなものです。思いついたら、やりたくなるからやる。

ハプロMは未知のこと、新しいものに敏感で、常に自分の中に吸収しようとアンテナを立てています。自分の頭の中や、目の前にある材料を組み合わせて新しいものを生み出すのが好きです。ハプロMにとって、アイディアを思いつくことは趣味のようなもの。仕事でもプライベートでも、色々と思いついてはやってみたくなるタイプです。

スクラップ・アンド・ビルド

スクラップ・アンド・ビルド

アイディアマンの山元さん。次々に浮かぶアイディアは全て実現するのでしょうか。

山元さん

浮かんだアイディアはやってみるけど、失敗するやつもあれば、育っていくやつもあります。失敗するやつ(実にならないと感じるやつ)は途中までやっても早くに畳んでやめます。

山元さんは失敗に関して、こうおっしゃいます。

山元さん

失敗するからワクワクするんです。10回に9回失敗するからワクワクする。全部成功してたら今頃(この仕事は)やっていません。

人生の方向性も、違うと思ったら、未練なく切り替えます。

大学時代から、山元さんは、研究者としても将来有望でした。

山元さん

僕は東京大学の大学院は首席で卒業しています。卒業論文は3、4年に一人しか出ない満点でした。遺伝子組み換えで細胞融合する技術は二つの異なる細胞をくっつけるベーシックな技術ですが、これは僕が開発しました。研究者としてもいけたと思う。

同時に、大学時代にすでにビジネスをやっていたという山元さん。学生時代の月収は100万円で、派手な世界と大学での研究の両立生活を送っていました。

山元さん

東京の後半は派手な人と飲み歩いたりしたけど、僕には向かないと思いました。だんだん擦り切れていった感じ。それで鹿児島に帰ろうと思いました。

ハプロMはアイディアマンであり、思いついたことはやってみたくなるため、その分、中途半端になることや上手くいかないことが、必然的に多くなります。ハプロMはそれを失敗とは呼びません。ハプロMにとって、やってみて途中で方向転換したり、違うと感じてやめることは当たり前のことです。「やってみなければわからない」というポリシーを持っていて、周囲に止められようが、自分でやってみて上手くいかないことや、しっくりこないことを自分で確認しないと納得しません。

麹という軸からの展開

麹という軸からの展開

様々な事業展開をしている印象の山元さんですが、決して手広くはやっていないとおっしゃいます。

山元さん

僕の仕事は徹頭徹尾、麹の仕事です。色々やっていると言われますが、麹から一度も離れたことはありません。麹がいろんなところに使えるから、色々やっているように見えるだけです。観光もそれを見せるためですし。

実際にはどのような事業展開をされているのでしょうか。

山元さん

祖父の代から売っている焼酎用の種麹の販売、茶麹という健康食品、家畜の飼料用の麹、飼料添加物の開発と販売ですね。事業が軌道に乗った後は、観光工場は妻に任せて僕は開発の方に携わっています。

それに加えて2024年には麹・発酵ホテルも開業されました。

山元さん

みんな僕の話が聞きたいみたい。僕は夜相手をするのは苦手だから、夕方16時にしてくれと。早く寝るから19時には解散するので(笑)

ハプロMの物事の進め方は展開型です。一つの起点から、アイディアを派生し、展開していくことができます。そのため、色々な分野に手広く関わっているように見えます。

人を巻き込む愛嬌と努力

人を巻き込む愛嬌と努力

観光工場を思いつき、銀行に融資を依頼するにあたって、山元さんは自身で事業計画書を作成しました。その事業計画書が素晴らしいと、無担保・無保証で8億円の融資を受ける話が通ります。

山元さん

行内では、担保も保証もないのはおかしいとかなり揉めたようです。でも当時の融資担当者が、こんなすごい事業計画書を書けるやつがいるのか、これは貸す案件だって鶴の一声で決まったそうです。融資の依頼をするときにバランスシートと資金繰りまで書いて出す人はあまりいないみたい。今はそういう融資は無理でしょうね。

その後も成果を出し続け、銀行から総額20億円の融資を受けた山元さん。

山元さん

完済したときに融資担当の方に挨拶に行ったら、『君が僕の顔を立ててくれた。僕は行内で鼻が高かった』って逆にお礼を言われましたよ。

また、山元さんは若い頃から、力のある年配の人たちと積極的に縁を持つようにしていたそうです。

山元さん

本当は年配の偉い人たちは、若い人たちと付き合いたがってる。ところが若い人たちがビビって寄って行かない。僕は逆にそこにスッと入った。笹川良一さんにも可愛がってもらいました。

笹川良一さんと縁があったのは、ちょうど売り上げもなくお金がない時だったそうです。

山元さん

君を応援してあげようと言って、その場でいろんなすごい人に電話をしてくれました。どうなるのかなと思ったら、とにかくすごい面々が発起人で、千人くらいが集まって、東京の全日空ホテルで『山元正博君を応援する会』が開かれたんですよ。

突然の大規模な応援会に、嬉しさよりも緊張感が勝ったようです。

山元さん

女房と二人で雛壇に座らされて、会の間、二人で話してましたよ。『この会の請求書がうちに来たら、うち潰れるよね。でも払わないとやばいよね』って。結局請求書は来ませんでしたけど、知恵熱は出ました(笑)

ハプロMは、多少のトラブルも「この人ならしょうがないか」と思わせる愛嬌があり、人を巻き込むのも得意です。また、やりたいことの実現のためには、緻密に計画を練り、物事を進めることができます。愛嬌と努力の両輪で、願望実現の推進力が高まるのです。

父への理解と子との共同事業

父への理解と子との共同事業

山元さんは、お父様に解雇されたことはショックでしたが、お父様ご自身の実績を評価し、事情を理解しようとされます。

山元さん

父親は学校の先生の息子で、研究者として優秀だけど気が小さいタイプ。鹿児島大学の研究室で研究者として一生を終えようと思っていたところに突然降って湧いた縁談で、傾きかけた河内源一郎商店の立て直しをしなきゃいけなかったんですね。

初代河内源一郎さんが亡くなり、6年後には会社を継ぐはずだった山元さんの叔父様も亡くなり、バタバタしているうちに河内源一郎商店のお客さんはどんどん減っていく事態に。

山元さん

その時に親父が一生懸命に頑張って、1960年に自動製麹装置を日本で最初に発明したんです。それが大当たりして最後は業界の帝王と言われるくらいになった。彼にとってはいっぱいいっぱいで生きた人生。今思うと、細やかな神経の中でぎりぎりの限界で生きたんだと思います。可哀想だった、そういう意味では。私の方がもっと可哀想だったけど(笑)

そして今、息子さんが河内源一郎商店の4代目として麹の研究、商品の開発に携わっています。

山元さん

鹿児島大学で外科医をやっていた長男が、麹が傷口を早く治すということを見つけたんです。お前はそれをやればいいと。

麹の研究は形を変えてまた次の世代へと引き継がれていきます。

近い存在に同質化や共感を求め、逆に言うと、自分と感覚が似ていたり、共感できる相手に近さを感じるハプロMにとって、家族は自分に最も近似的存在です。自分軸の強いハプロMにとって、家族を否定するということは自分自身を否定することに等しく、辛いことです。それゆえに、なんとか家族のことを理解したいと考えます。

また、ハプロMは自分の子どもの将来に何かしらの道筋をつけてあげたいと考えます。ハプロM同士の親子であれば、成人後も同居や近隣に住むなどして、頻繁に会う傾向があります。
※母親がハプロMなら子はハプロMになります。

悩んだら眠くなる

悩んだら眠くなる

河内源一郎商店を解雇され、途方にくれた山元さんは、鹿児島空港のそばの茶畑に車を停めて昼寝をする日々を送ります。

山元さん

人間お金がなくなると、酒に逃げるか眠くなるかだと僕は思っています。僕は朝から眠かった。会社で寝るわけには行かないので、人が通らないところに車を停めて、どうしようかなと思いながら寝ていました。

ハプロMの場合、睡眠をとると嫌なことを忘れられて元気を取り戻せるので、睡眠時間を大事にする傾向があります。それ故にメンタルが落ちると睡眠時間が増えます。多少の落ち込みなら、一度寝れば忘れられますが、来る日も来る日も事態が良くならない時や、メンタルが回復しない場合は、昼間であっても寝込み続けることがあります。

死から身につけた度胸

死から身につけた度胸

山元さんは、幼少期に死を間近に経験した記憶から、生きることに対しての度胸がついたそうです。

山元さん

僕は4歳の時に二度死にかけています。盲腸が破裂して、あと3時間遅れてたら死んでいた。でもその手術が失敗していて、腸閉塞になって。親父が必死で医者を探してきて、あと30分遅れていたら死んでいました。4歳だけど全部記憶にあります。だから、怖い人が出てきたときにも「だから何だ」と思える。その記憶が出てくるから。自分では自分のことを繊細だと思っています。遺伝的に度胸があるわけじゃない。でも窮地に立たされると、どうせ人は死ぬんだから、ここで逃げちゃいけないという思いが出てくるんです。

ハプロMは危機的状況をプラスのエネルギーに変えるタイプです。死という究極的な危機を間近に感じることで、より大胆になれるのです。

先が見えないことほど楽しい

先が見えないことほど楽しい

今も第一線でビジネスに研究に精力的な山元さん。

山元さん

今は面白い時代。世界で初めて人口が減少し始めて、マーケットが小さくなっていく。AIも出てきて人がいらなくなっていく中でどうやって生きていくかを考える時代です。第1回目の転換点が1945年の日本の敗戦、第2回目が1990年代のバブル崩壊、そして今3回目の転換期が来てるでしょ。その度に生き残るやつと滅ぶやつが出てくる。これからが面白い。残らなきゃいけない。

山元さんは、時代に合わせて考え続けていらっしゃいます。

山元さん

頭を使うのは楽しいです。一生懸命考えて先が見えないことほど楽しいものはないでしょう。

ハプロMは未来志向で、未来をイメージしてワクワクするのが好きです。明らかで、安定的な未来よりも、自分で切り開いていく感覚を好みます。

今まで向かなかった仕事、失敗

今まで向かなかった仕事、失敗

事業が軌道に乗ってからは、観光工場は奥様に任せていらっしゃる山元さん。研究・開発が楽しいということとは別にも理由があるそうです。

山元さん

僕はお客さんとすぐに喧嘩しちゃうから接客は向いていないんです。短時間で切れる方だから。わがまま言うなら帰れと言っちゃう(笑) 対外的なことは家内の方が得意ですね。丸く収めてくれます。

ハプロMにとって、誰でもウェルカムというわけではなく「お客さんは選ぶもの」です。そのため、接客業では揉めることもしばしば起きます。自分に向いていないことは潔く他人に任せるタイプなので、無理に向いていないことに固執はしません。

あなたにとっての理想の働き方、生き方、死に方とは?

あなたにとっての
理想の働き方、生き方、死に方とは?

– 理想の働き方

山元さん

仕事は麹が中心です。現状、他に選択肢はありませんね。

仕事で何をするかということには強いこだわりがないのがハプロMの特徴です。それよりも、その仕事をしている時間が自分の人生にとって有意義か、自分が楽しいかということが大事になります。

– 理想の生き方

山元さん

朝起きて、無我夢中で働いて夜ばったり倒れて寝るのが理想です。追い込まれてもヘタれることはないです。追い込まれれば追い込まれるほど元気が出ます。死に様を求めているから。

山元さんのいう死に様とはどういうものなのでしょうか。

山元さん

自分が思うような死に方をしたいと思っています。窮地がくると、『ここだよ、ここ、ここ』っていうのがあるでしょ。その時に『生き様出さないかんやないか』と、逆に元気が出るんです。

女性も人生の鍵だそうです。

山元さん

九星学で昔、僕は女性に助けられるって言われました。実際にそうなんです。周りに女の人がいっぱいいます。いい仕事の縁を紹介してくれるのも女性です。

山元さんは、学びに積極的です。ホームページ作成のような細かい実務的なことに関しても、自ら学びたいという好奇心があります。

山元さん

金儲けは墓場まで持っていけないけど、自分が学んだものは魂の記憶に残ります。どっちが大事かと言ったら、そっちが大事ですよね。

ハプロMにとって、「理想の生き方=理想の死に方」です。「どのように生きるか」で「どのように死ぬか」が決まると、ハプロMは考えます。

– 理想の死に方

山元さん

ボケないということ。ボケて死ぬのは見苦しいと思います。だからエルゴチオネインの生成にも成功しました。エルゴチオネインを一日5mg飲み続けると、記憶が衰えるのを防止できるという学会論文があるので、麹でエルゴチオネインを大量生産する技術を作って自分用に飲んでいますよ。

他にも、健康維持のための様々な研究・製品開発をしているそうです。

山元さん

長寿という意味ではオートファジーってありますよね。大阪大学の大隅良典教授がノーベル賞をとりましたけど。大阪大学が事業化しようってことで、僕のところに声がかかって、オートファジー機能が高い麹を作ったんです。これも自分で飲もうと。

ハプロMは、長く生きることよりも太く生きることを大事にするタイプ。健康状態がメンタルに影響しやすいタイプでもあります。自分自身の心身の状態に興味が強く、メンタルを良い状態に保つためにも、元気でいたいと考えます。

ハプロMの方への成功のヒント

ハプロMの方への成功のヒント

ハプロMは、マイナスをプラスに変えるタイプ。

「ピンチはチャンス」という言葉は、まさにハプロMを表す言葉です。また、ハプロMはものごとを進めるときに、イメージしたことを実際にやってみて、イメージ通りに実現するかを確かめるという手順を踏みます。イメージよりも良い結果になることもあれば、イメージ通りにいかないこともあるため、常に「スクラップ&ビルド」の姿勢で「トライ&エラー」を繰り返して形にしていきます。それゆえ、ハプロMには「失敗」という概念はなく、全てを成功のための「過程」と捉えます。

周囲からは中途半端に終わっているものが多いように見られることもありますが、「トライ&エラー」はハプロMらしいやり方であり、未練なく切り替えができる性質こそが、ハプロMの実現力の源であるとも言えます。

ご自身のDNAタイプに興味がある方へ

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